イサベル 波乱 の スペイン 女王 あらすじ。 感動と興奮の嵐!ドラマ「イサベル~波乱のスペイン女王~」日本初放送!10月12日スタート!

あらすじ

イサベル 波乱 の スペイン 女王 あらすじ

スペインを統一に導き、スペイン史上最も偉大な女王の1人として挙げられる イサベル1世。 彼女が女王として載冠し、スペイン王国建国に至るまでの波乱の生涯を描いたスペイン歴史大河を、チャンネル銀河では2017年10月より日本初放送する。 スペイン史上最も大胆で情熱的な女王の物語 カスティーリャ王であるイサベルの父・フアン2世が逝去。 カスティーリャ王位を継承した異母兄・エンリケ4世によって、イサベルは弟アルフォンソや母と共にアレバロの城に追いやられ、貧しく辛い幼少期を過ごしていた。 そんな中、長く子に恵まれなかったエンリケ4世の妻フアナ王妃が妊娠する。 これをきっかけにイサベルとアルフォンソは母と引き離され、無理やり宮廷へと連れ戻されてしまう。 そこで待っていたのは、狩猟や音楽に興じ権力を振りかざす王や、2人を監視下に置こうとする王妃、そして謀反を企てようとする王の側近たちであった。 フアナ王妃と対峙するイサベルとアルフォンソ 欲望渦巻く宮廷内の陰謀に巻き込まれていくイサベルは、祖国を守るため、数々の試練に立ち向かっていく。 やがて後継者争いに勝利したイサベルは、カスティーリャ女王として戴冠。 アラゴン王国の王である夫フェルナンドとともに、スペイン統一を目指していく。 父のカスティーリャ王フアン2世の死後に王位を継いだ異母兄エンリケ4世によって、母・弟と共に追放され、不遇な少女時代を過ごす。 その後、王位継承権問題に国が揺れ動く中、弟のアルフォンソが死去。 イサベルはポルトガルへ嫁がされる予定であったが、国の利益を主張し、地中海の領海権をもつアラゴン王国の王子フェルナンドと結婚する。 1474年、エンリケ4世の死去により、イサベルはフェルナンドと共にカスティーリャ王に即位。 1479年にフェルナンドがアラゴン王位を継承したことで、カスティーリャ王国とアラゴン王国が統合され、スペイン王国が誕生した。 その後、グラナダ陥落により約800年に及んだレコンキスタを完成させ、ローマ教皇から夫と共に 「カトリック両王」の称号を授けられた。 レコンキスタ(キリスト教徒による、イスラム教徒に占領されたイベリア半島の再征服活動)の中心勢力として次第にイベリア半島中部に進出し、1035年にフェルナンド1世のもとで王国となると、1037年にはレオン王国との同君連合国家となり「カスティーリャ・レオン王国」と称した。 その後、1143年には西南部のポルトガルが分離するなど、分離・統合がくりかえされたが、13世紀には最も強大となって、1212年にはナバス=デ=トロサの戦いでイスラム残存勢力を撃破した。 1230年にはレオン王国を完全に併合し、さらに1236年にコルドバを奪った。 イサベルと夫フェルナンドが共同で王位に就いた際、アラゴン王国とカスティーリャ王国は統合され、スペイン王国となる。 マルコ・ポーロなどの書物からインド、中国、ジパングなどに興味を持ったコロンブスは、西回りでアジアに到達することを提言。 当初はポルトガルのジョアン2世に援助を求めたが拒否されたため、スペインに渡りイサベルに面会した。 当時はグラナダ攻略のため財政的な余裕がなく一度は断ったが、グラナダを陥落し、レコンキスタが完了すると、元々興味を持っていたイサベルは夫フェルナンド2世を説き伏せ、コロンブスの計画を承認した。 1492年10月12日、イサベルの援助を受けたコロンブスはついに新大陸(=アメリカ大陸)を発見する。 彼が新大陸を発見した10月12日はスペインの ナショナルデー(イスパニアデー)として、現在も首都マドリードをはじめ各地で盛大なイベントやパレードが行われている。 そんな中、長く子に恵まれなかったエンリケ4世の妻フアナ王妃が妊娠する。 これをきっかけにイサベルとアルフォンソは母と引き離され、無理やり宮廷へと連れていかれてしまう。 やがて欲望渦巻く宮廷内の陰謀に巻き込まれていくイサベルは、祖国を守るため、数々の試練に立ち向かっていく。

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イサベル1世 (カスティーリャ女王)

イサベル 波乱 の スペイン 女王 あらすじ

、アルフォンソにの称号が贈られ、さらに「国王アルフォンソ12世」として推戴する動きもあったが、一国に2人の君主がいる状況は内乱を招いた。 この状態はのアルフォンソの死によって終止符が打たれる。 アルフォンソの支持者はイサベルを次の国王に据えようとしたが、イサベルは「兄が生きている間は他の王を戴くべきではない」と、兄の娘かどうか不明なフアナよりは自身の王位継承順が高いことを示す拒否の仕方をした。 イサベル自身もポルトガルに嫁がされようとしていたが、事前にその危険を察知し、同盟相手として必要なのはポルトガルではなく、結婚相手としてふさわしいのはに領海権を持つの王子フェルナンドであると結論を下した。 アラゴン王家はカスティーリャと同じの同族であり、フェルナンドとイサベルはともにカスティーリャ王を曾祖父とする又従姉弟であった。 かくして2人は密かに会い、結婚して国内問題に取り組んだ。 1474年にエンリケ4世が没し、イサベルは夫フェルナンドと共同で王位に就いた。 まずはカスティーリャの王位継承問題に介入してきたと戦い勝利した後、カスティーリャ領内の反イサベル派を北から南へ討伐していく。 その中途の、フェルナンドは父の死去に伴いアラゴン王位を継承し、カスティーリャ=アラゴン連合王国、すなわちスペイン王国(イスパニア王国)が誕生した。 「カトリック両王」 [ ] コロンブスの帰国(19世紀画) 1月、南部に残っていたイスラム国家を制圧し(「グラナダ陥落」とも呼ばれる)、約800年にわたったを完成させる。 この間イサベルは戦場を奔走する夫を信頼し、軍資金や物資の調達に尽力した。 このグラナダ陥落までの3年間(9ヶ月とも)、願懸けとして下着を替えなかったといわれている。 これにちなんで、イザベル色(茶色がかった灰色)という色が誕生した。 には、によりこの偉業が讃えられ、フェルナンドとイサベルは「」の称号を授けられることになった。 イサベルはの新大陸進出に援助を与えた事でも知られる。 熱狂的なカトリック教徒であったイサベルは、他宗教の民衆を執拗に追放・殺戮し、また他宗教からキリスト教へ改宗した民衆に対したびたびを行い、財産の没収・追放・処刑等を行っている。 イサベル1世が築いた国の基礎はスペインに黄金時代をもたらした。 イサベルとフェルナンドの時代をスペインの黄金時代と定義する場合もある。 コロンブスを始め、沢山の「冒険家」により「新大陸が発見」され、その土地とそこから産出される様々な品により国は潤ったが、それを上手く使って国を豊かに出来る君主が現れなかったという見方である。 次代のゆくえ [ ] 遺言をのこすイサベル女王(19世紀画) しかし、この時点ではまだスペインは一つの国ではなく、君主同士が結婚している状況であったため、イサベルの死後に相続問題が起きる原因になる。 また、イサベルは自分が王妃ではなく女王でもあること、フェルナンドよりも年上であることを常に忘れなかったと言われる。 フェルナンドとの子供たちはイングランドやポルトガルなど、各国の王族と政略結婚をするが、多くは不運な人生を歩んだ。 1497年、とは二重結婚を行った。 王太子が結婚早々に逝去し、次女はとの夫婦関係に苦しみ、後に精神を病んでしまう。 1498年に長女イサベルが再婚後に産褥死し、その遺児も1500年に夭折したため、次代の王位はフアナの夫の家系であるに受け継がれることが確定的になる。 1501年11月には末娘がイングランドのと結婚するが、翌年4月に死別する。 イサベルはにおける、イングランドからの支援を期待し、カタリナをイングランドに留まらせた。 1504年、第二次イタリア戦争での勝利を理由に、カタリナとアーサーの弟との再婚を、に非公開を条件に許可させたが、すぐにそれを反故にして、カタリナの将来におけるイングランド王妃の地位を確保した。 1504年11月26日、バリャドリッドのの王宮にてその波乱の生涯に幕を閉じ、遺骸は遺言に従いアルハンブラ宮殿の聖フランシスコ修道院に埋葬されたが、後にグラナダ大聖堂の王室礼拝堂に改葬されている。 カスティーリャ女王の地位は、フアナが継承したが、1506年にフィリップと死別すると精神異常が顕著となり、1508年に父によって幽閉された。 1516年、フェルナンドの崩御後、イサベルとフェルナンドの孫が後継者となり、形式上は各王号を保持するが、実質的には「スペイン国王」として統合された。 子女 [ ] フェルナンド2世との間に一男四女をもうけた。 現在のスペイン王家は次女フアナと三女マリアの血統にあたる。 (1470年 - 1498年) - 1490年、の息子アフォンソ王太子と結婚するが、翌年死別し帰国。 1497年と再婚し、男児(夭折)を出産後死亡。 (1478年 - 1497年) - 唯一の男子だったが、フィリップ美公の妹と結婚後間もなく夭折。 (1479年 - 1555年) - 夫の死後精神を病み、父により幽閉されるが、形式上カスティーリャ女王の地位についた。 (1482年 - 1517年) - 姉イサベルの死後、マヌエル1世の王妃となる。 (1487年 - 1536年) - はじめイングランドのと結婚。 アーサーの死後、その弟と再婚し、王妃となるが、後に離縁される。 関連書籍 [ ]• 著『スペイン女王イサベル』朝日新聞社、1988年• Carolyn Meyer著、小説『 Isabel Jewel of Castilla』 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - イサベルの聴罪司祭、アドバイザー。 - スペイン王国の将軍。 始めイサベルの護衛で、後に将軍に任命された。 - イサベル1世を主人公としたスペインのテレビドラマ。

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波乱の女王イサベルの娘、フアナ・ラ・ロカ、そして物語は孫の世代へ。スペインドラマ「イサベル」続編放送決定!

イサベル 波乱 の スペイン 女王 あらすじ

この節のが望まれています。 戦乱ので、と2番目の王妃イサベルの子供として生まれたイサベルと弟アルフォンソは、異母兄エンリケ4世によって母と共に追放され、苦難の日々を送る。 やがて宮廷に戻されるも、王位継承をめぐる争いに巻き込まれる。 弟は反エンリケ派に担がれ「国王」と名乗るも急逝する。 国王と後妻の娘の出自が疑われ、イサベルは王位継承権を勝ち取る。 登場人物 [ ]• - () カスティーリャ王女、のちのカスティーリャ女王。 - () アラゴン王太子、のちのアラゴン国王。 - カスティーリャ国王、イサベルの異母兄。 - カスティーリャ王妃、エンリケ4世の2番目の妻。 - カスティーリャ王子、イサベルの同母弟。 ゴンサロ・チャコン - イサベルの家庭教師、側近。 - イサベルの母、カスティーリャ前王妃。 - イサベルの護衛兵士。 カリーニョ - 大司教。 パチェコ -• - イサベルの聴罪司祭。 - エンリケ4世とフアナ王妃の一人娘。 派生作品 [ ] この節のが望まれています。 続編として娘、孫を主人公にした作品が制作された。 『 ()』( La corona partida)• 『 ()』( Carlos, Rey Emperador) 出典 [ ]• チャンネル銀河『イサベル〜波乱のスペイン女王〜』 番組紹介ページ 脚注 [ ]• 2019年7月25日閲覧。 イサベル〜波乱のスペイン女王〜. 2019年7月27日閲覧。 イサベル〜波乱のスペイン女王〜. 2019年7月27日閲覧。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• この項目は、に関連した です。 この項目は、に関連した です。

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