自分だけいいねされない。 GoToキャンペーン反対してる奴らは自分が旅行しなきゃいいだけだろ

自分がどれだけ食べていいのか計算しないとやせませんよ。|小林正宗(こばやしまさむね)|note

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スポンサーリンク いい人を演じている人は誰に対しても八方美人だったりする いい人を演じて自分を偽っている人は、周りの人に対して感じよく接しようとします。 誰かに嫌われたくないので、そうやって八方美人な態度をとってしまうのです。 人間は、誰でも気の合わない人もいるはずです。 しかし、いい人ぶってしまう人は、人に嫌われるのが怖いのです。 だから、誰かと接するときに、愛想よくしてしまうのです。 いい人を演じているとき、本当はその人のことを好きでなかったりします。 また、相手に何か聞かれたら「そんなことも分からないなんて!」なんて思っていたりします。 ただ、その気持ちを出してしまうと、相手の感情を害してしまうので、無理やり笑顔を作っているのです。 時と場合によっては、自分の気持ちを正直に出した方がいいこともあります。 いい人を演じてしまう人は、どうしても人に嫌われたくないので、八方美人でいるのを止められないのです。 いい人ぶる人は人が見ていないところでは「いいこと」をしない いい人を演じて自分を偽っている人は本当の性格は、実は違っていたりします。 だから、誰も見ていないところでは「いいこと」をしないのです。 周囲に人がいるとき、いい人を演じている人は、率先してゴミ捨てや片づけをします。 それを見て、周りの人は「あの人っていい人だよね!」と話したりするはずです。 いい人を演じている人は「いい人」と思ってほしいから、わざわざそういうことをしているのです。 周りに人がいないとき、いいことをしないのは、そういうことをやっても「いい人」と思われないからです。 いい人を演じている人は、まさに「演じている」のです。 本当はいい人ではないので、人が見ていなければ、いいことをすることもないのです。 いい人を演じるのは自分に自信がないから いい人を演じて自分を偽っている人は、実は自分に自信がないという特徴があります。 そのままの自分を表したら周りの人に相手にされない・・・そう思っているので、いい人でいようとするのです。 い い人ぶるのは、自分に自信がなく、コンプレックスを持っているからです。 なにかをやり遂げたりして、自分に自信を持っているなら、周りの人からどう思われ ても気にしません。 しかし、確固たる自分がない人は、常に周囲の評価を意識しています。 そして周りの人に「いい人」と言われることを、心のよりどころにし ているのです。 本当の自分を偽っても、それでもいい人を演じてしまうのは、周りからの評価がなくなったら、何も残らないと思っているからです。 だから自分の気持ちを裏切ってまでも、いい人を演じ続けてしまうのでしょう。 いい人を演じてしまう人はステレオタイプな人である いい人を演じてしまい、そして自分を偽っている人は、いわゆるステレオタイプな人である特徴があります。 「いい人」を演じているので、型にはまったことしか言うことができないのです。 いい人を演じている人からは、心に響くような言葉を聞くことができません。 自分がどう思っているかではなくて「いい人」なら、こういうだろうと思って話してしまうからです。 誰かが悩んで本気で相談しても、決まりきったことしか言えずに、相手をガックリさせてしまいます。 いい人を演じているので、自分の思ったことを話すことができないのです。 それは自分自身が苦しいだけでなく、周りからもつまらない人だと思われてしまったりするのです。 いい人を演じて自分を偽っているから相当ストレスがある いい人を演じている人は、相当ストレスが溜まっています。 何しろ本当の自分を偽っているので、ずいぶんと無理をしているからです。 いい人ぶって本心をうやむやにしているので、常に自分の気持ちをないがしろにしています。 そういう状態では、普通の人は苦痛に感じてしまうはずです。 いい人を演じることもストレスが溜まりますが、本当の自分を理解されないというのも辛いことです。 いい人を演じて自分を偽り続けると、そうやってストレスが溜まり続けてしまうのです。 いい人でいようとする人は、ストレスを溜めこんでいる人です。 無理をしているから、とても辛いのです。 スポンサーリンク いい人をやめて自然な自分になるために いい人とは、都合のいい人であると心得る あの人、いい人そうだね。 そんな会話をするとき、「あの人」は魅力的な人なのでしょうか?あなたがこうなりたいと、心から思えるような人ですか? まずは、いい人でなければならないという考えから、自分を解放してあげましょう。 いい人であろうとなかろうと、あなたの価値は変わりません。 そんなことを言っても、今の人間関係もあるし…という方には、「いい人」の条件を考えてみて欲しいのです。 例えば、優しくてなんでも許してくれそうな人ではありませんか?あなたのことを第一に考えてくれる人でしょうか?間違っても、自分の意見を言いそうな人ではないかと思います。 あなたはそれで幸せなのか、この機会に一度考えてみてください。 いい人をやめるためには「人に嫌われてもいい!」と思うようにする いい人をやめて楽になる方法に「人に嫌われてもいい!」と思うようにする方法があります。 無理して人に好かれるより、自分を大切にする方を選びましょう。 周 りの人の顔色が気になっても、あえてスルーしましょう。 そうすればいい人に思われたいばかりに、無理やり愛想よくすることもありません。 嫌われてもいいな ら、自分の意見もはっきり言うことができます。 むしろ相手と腹を割って話すことができて、かえっていい関係を築くことができるのです。 自分の気持ちを大切にしてあげることで、本当の自分を取り戻せます。 きっと今までより、ずっと気持ちが楽になることでしょう。 なんでもいいよ、と言われたら意見を出してみる いい人でなくていい気もしてきたけど、やっぱり怖い、という方。 たくさんいらっしゃると思います。 そんな方におすすめなのが、この方法です。 友人とのご飯で、仕事の内容で、恋人とのデートで…「なんでもいいよ」と言われたら、自分のしたいことを提案してみましょう。 あなたが「なんでもいい」というときを想像していただければ分かりやすいと思いますが、「特に思い浮かばない」「本当になんでもいい」場合が多いかと思います。 ここでポイントなのが、2つの選択肢を提案すること。 ひとつは、あなたがやりたいこと。 もうひとつは、一緒にいる人が好きそうなこと。 こうすることで、提案するハードルはぐっと下がるはずです。 あれ?意見を言っても意外と大丈夫かも?という経験を増やしていくのです。 そうやって一つずつ、自分らしい振る舞いを身に付けていきましょう。 自分らしくできたら、自分を褒める いい人でなくてもいいんだ、と思った。 一つ提案することができた。 そんな一歩一歩に対して、慣れるまでは大袈裟なくらい自画自賛しちゃいましょう。 これは、セルフイメージのコントロールにも有効なので、恥ずかしがらずにやってみてほしいです。 一人のときでもいいですし、信頼できる人に自慢しても構いません。 自画自賛を繰り返すことで、自分がやりたいように振る舞うのは良いことなんだ、というイメージがつきやすくなります。 そうすると、もっともっと積極的になれ、もっともっと褒めることが増える。 最強のサイクルができあがっていきます。 自由奔放な友達をつくる 自分らしく発言することに少し自信がついてきたら、思いきっていつもと違う人と時間を過ごしてみましょう。 一番おすすめなのは、自由奔放で友達の多い人と過ごしてみること。 きっと、あなたがめいいっぱい自由にしたって気にならないほど、パワフルな人だと思います。 そんな人と一緒にいると、だいたいのことは気にならなくなります。 そして、びっくりするくらい面白い。 わがままの通し方もどんどん参考にして、真似していってしまいましょう。 そういう時間を過ごすことで、あなた自身もどんどん魅力的になっていくことと思います。 たくさんの物事に触れてみる さて、ここまでに紹介した方法を一つずつ実践していくと、あなたは既にいい人からはほとんど卒業できているはずです。 ある程度、あなたらしく生活することができるようになっているでしょう。 ただし、問題がひとつ残ります。 ここではその解決方法についてご提案しますね。 この段階で何に悩むことになるかというと…それは、「自分のやりたいことのレパートリーが少ないこと」です。 これまで人の意見と衝突しないようにしてきた人ほど、ここで一度は悩むことになります。 やりたいことがワンパターンだったり、気づけば多数派の意見を自分の意見のように言ってしまっていたり。 それを解決するには、自分の中の引き出しを増やしていくしかありません。 たくさんの人と会ったり、本を読んでみたり、旅行をしてみたり。 新しく趣味を探してみる、なんてことでも良いと思います。 自分の意見、好みを洗練させていくことで、より自信を持ってあなたらしく振る舞えるようになっていきます。 どうしてもいい人を演じてしまうならしばらく一人になる いい人をやめて楽になるためには、いい人ぶるのをストップしなくてはいけません。 しかし、どうしてもいい人を演じてしまうなら、しばらく一人になってみるのも良い方法です。 「こ の人に対してはいつもいい人ぶってしまう」とか「このグループといると、いい人を演じてしまう」なんていうときは、あえて距離を取ってみましょう。 しばら く離れてみることで、元の自分を取り戻すことができるはずです。 一人になって、自分自身の気持ちを見つめなおしてみれば、いい人をやめることができるで しょう。 どうしてもいい人を演じてしまうなら、しばらく一人になってみましょう。 そうして、いい人を演じる習慣を断ち切るのです。 いい人を演じて自分を偽っている人の特徴5つと楽になる方法 いい人を演じている人は誰に対しても八方美人 人が見ていないところでは「いいこと」をしない いい人を演じるのは自分に自信がないから いわゆるステレオタイプな人である 自分を偽っているから相当ストレスがある いい人とは、都合のいい人であると心得る 人に嫌われてもいい!と思うようにする なんでもいいよ、と言われたら意見を出してみる 自分らしくできたら、自分を褒める 自由奔放な友達をつくる たくさんの物事に触れてみる しばらく一人になって自分を見つめなおす いい人を演じて自分を偽ることは、心に無理がかかって辛いことです。 人はそれぞれいいところや悪いところもありますが、そんな自分を認めてあげるようにしましょう。 そうすることで、より素晴らしい自分に近づくことができます。 いい人を演じていると思ったら、明日から自分を偽るのはやめにしてしまいましょう。

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海外選手のいない女子ツアー。「自分たちだけが出ていいのか」選手たちが葛藤するなか青木瀬令奈のもとに届いたシン・ジエからの手紙

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Contents• 責任から逃げるのが人の自然な行動 今の会社に入社して学んだこと、一番強く思ったことは「頼れるのは結局自分だけ」と言うこと。 信頼できる人なんてどこにもいませんし、誰でも自分が一番かわいいんです。 問題が発生すると逃げる管理職 今でも覚えているのが、新規製品を受注した時のこと。 初めての製品だったので受注する前に、図面や3Dデータを確認し製造部長に相談しました。 すると製造部長は図面を確認。 この精度で問題なく製作出来ると教えてくれたのです。 製造部長の言うことですから、当然僕もその言葉信じ、お客に「製作可能です」と回答を入れました。 ところが、製品が出来上がって寸法を検査すると、図面の精度に収まっていません。 なぜ寸法が外れているのかを製造部長に確認したところ、お客様に使ってもらえないか確認してほしいと言われます。 慌ててお客に連絡を入れると、「原因を確認してすぐに再製作してほしい、次の工程があるから納期には間に合わせてほしい」と言われました。 納期は週明けの月曜日。 実働で2日しかなく、再制作する時間もありません。 とにかく焦ってしまい、製造部長と共に現場の管理者へ相談したところ、突然現場の管理者が怒り出します。 なんと 図面の精度で製作することは不可能だというのです。 しかも 作り直しても絶対に精度に収められないといって、さじを投げてしまうじゃないですか。 その言葉を聞いた製造部長は、「現場が無理だと言っているなら無理だな」といって、さっさとどこかに行ってしまう始末。 その後その話にかかわる人はいなくなり、相談しても無視されました。 作れると言った製造部長にも無視されたんですよ。 今なら完全なパワハラですよね。 お客さんは怒っているし、現場も製造部も対応しようとしない。 結局僕一人取り残され、右往左往しながら対策を考え、色々な寸法測定の方法を試し、休日返上で出社して、泣きそうになりながら手を加えお詫びをして、解決したのですが…。 この時に、 この会社の人の言うことは絶対信じちゃいけないと言うことを学びました。 クレームの電話に「いないって言っとけ」 また、上司の指示通りに動いたらお客に激怒されたこともあります。 指示された通り動くまで、何回もやり方を変えませんかと相談したんですけどね。 「さっさと言われた通りにやれ!」と怒られたので、仕方が無く指示通りにやったら、ここでは書けないほど恐ろしい結果に…。 「上司を出せ!」と言われたので、「言われた通り連絡したら激怒されています」と報告し、代わってもらおうとしたら「いないって言っとけ」と言われて・・・・・・あっという間にどこかに逃げて行きました。 責任からは逃げるのが当たり前 これは後から学んだことですが、 人は押し付けられる責任から逃れようとします。 上で紹介した2つの事例も、まず部下に責任がのしかかり、その責任が製造部長や上司に移動しようとしていますよね。 つまり 部下から責任を押し付けられていると感じているのです。 すると途端に責任から逃れたくなります。 部下の責任を負うことに、「意義」や「意味」「目的」が見いだせないと、途端に苦しく辛いものに代わってしまうのです。 問題の発端が管理職や上司にあるとしても、行動したのは「部下」ですから、部下が責任を取るべきだと考えている、とも言えます。 上司の態度は周りにも伝染する 管理職と言われる人たち全員が、自分のやっている仕事に責任を持とうとしない会社です。 当然その態度は他の管理職や部下にも伝染します。 まず、言われたはやるが言われていないことは一切やりません。 しかも「出来る」と言ったことが、翌日には「出来ない」になるのは日常茶飯事です。 その上問題を起こすと「じゃーどうしろって言うんだよ!」と逆切れする人までいます。 逆切れを中止するとさらに怒り出しますし、上司がとがめることもありません。 そしてやるべきことをやらなかった時は、「そんな話は聞いていない」と逃げる。 不具合が発生すれば逆切れしお客が悪いと言いだす。 まぁ、見事なくらいそんな人たちが揃っています。 「類は友を呼ぶ」と言いますが、正にその通りなんだなと、身をもって知りました。 自分の身を守るためにできること 責任から逃れようとする人が集まった会社で生き残っていくために、ひとりでもできることがあります。 それは「問題になることはやらない」こと。 考えてみれば当たり前のことですよね。 問題が起こらなければもめることも、クレームを受けることもありません。 そのためにぼくが取った行動は、検査部門でNGになったケースをしらべる、です。 面白いもので、NGになるケースを調べていくと、一定の法則を見つけることができます。 そしてその法則に当てはまる仕事を受けるときは、事前にNGが一定数出ることをお客さんに伝えています。 つぎに現場の担当者に相談すること。 誰よりも詳しく商品について知っているのは、現場の管理者ではなく担当者です。 担当者に「できるかどうか」を聞けば、だいたいわかります。 そしてその話を経験として身につけ、商品に関する知識を深めていきました。 つまり「問題が起きると皆が逃げるんであれば、問題が起きないようにすればいい」を、徹底してやったんです。 上司の指示は内容をよく考える 残った問題は上司が下す適当な指示です。 はっきり言って上司の指示通りに行動すると、9割の確率でクレームになります。 というかぼくはなりました。 なので上司に仕事の報告はしますが、指示は極力受けません。 もし指示されたとしても、 本当に指示通り動いて良いのか、最悪の結果を考えてから動くようにしています。 あるいは「なぜその指示なのか」「どんな結果が欲しいのか」を上司に確認し、 求めている結果が出るように自分で考えて行動します。 なぜなら上司とぼくは別の人間だから。 別の人間である以上、上司のやり方があっているとは限らないからです。 自分の身は自分で守る 他にも数え切れないほどひどい目に合っていますが、結局最後に頼れるのは自分だけだって事です。 誰かに助けてもらおうと思うと痛い目にあいます。 上司の指示だとしても、最後にケツを拭くのは自分です。 上司は拭いてくれません。 だったら最初から自分で考え、自分で動いた方が楽ですし、問題が起きたとしても対応がとりやすい。 それが出来る職場なら、そうするべきです。 自分の身は自分で守る。 考えてみれば当たり前のことですね。

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「いいね」しない心理は嫉妬?フォロワーなのに…8つの理由と4つの対処法

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少し前に、 とても凹んだ出来事がありました。 このことについて書くか 書かないか、長らく悩みました。 何度か消そうとしました。 でも 私はいつもみんなに読んでもらうことで、 自分を整理して、 前に進むためのパワーを もらってきた。 さらに ネガティブなことを認めるって 自分で決めた。 この出来事が私にとって どういう出来事だったのか、 書くことで俯瞰してみたい。 自分の中でうつうつと考えるより、 外に出すことで何か価値が あるかもしれない。 とりあえず書いてみます。 私、すごくアグレッシブだとよく 言われます。 忙しそう、 果敢にチャレンジしてそう、 いつも活動していてすごいね的な。 でも本当は、 そんなにチャレンジできてないし、 やらなければいけないことを 後回しにしたり、 いい加減に考えたりして、 すごいミスと抜けが多いのが本当です。 つまりまあ、一言で言うと 「回ってない」 例えばよく財布を忘れたり、 さっき持ってた駐車場のチケットが どこにあるか分からなかったり、 家で携帯を常に探してたり。 から始まり、 子どもの予定を把握しきれず間違える、 というような、シャレにならない 自分だけで終わらない 失敗も多々あります。 例えば以前、日本では 子どものピアノ発表会の日程を 間違えて、電話で慌てて向かい、 間一髪で間に合ったこともあるし、 授業参観の開始時刻を間違えて、 終わってから行ったこともある。 (どちらも被害者は 長女ラスカルで、泣いてました…) 他にも振り返れば、 本当に数々の 色々な失敗をしてきました。 子どもの頃からそうだった。 自分としては いい加減に考えてるつもりはなくて、 真剣に必死で回してるつもりなんだけど、 周りから見ると 「なんでもっと準備しとかないの?」 「確認すればよかったのに」 「よく考えたらわかるよね」 「普通もう少しちゃんとしてるでしょ」 ってなると思う。 いや本当、その通りなんです。 自分でも後からそう思います。 でもなぜかうまく出来ない… 例えばひとつ出来ても、 複数のことになると出来ない、 みたいな感じ。 大人になって、学習を重ねて、 これでもかなりマシになったと 思いますが、時々、自分自身を 注意欠陥多動性障害…?と 疑う事もある。 そんな部分がすごく嫌で、 いつも何かしら そういう事態になるんじゃないかと、 行事の時とかは特に、 いつも不安感がある。 でも、 そんなに迷惑かけてるつもりは 実はなく、 なんとなーく「ごめんね」で 許してもらえてる、 なんとなーくだいたいは 回せているつもりだった。 失敗しない人はいないよねー とか言って。 そのゆる〜い感じが人によっては すごくイラつくんだろうと思う。 でも、ここ、もし突き詰めてたら、 何か良くないものの 入り口だったのではないか…? 鈍感だったから生きてこれたのかも? ともちょっと思う。 でも全然回ってなくて、 周りに迷惑をかけていたのは ホントである。 先日、ついにある人に ズバッとそこを指摘された。 ある人のことを 友だちと私は思っていたけど、 全然そうではなかった。 予想以上に信頼されてなかった。 信頼してない人と友だちにはなれない。 そうか、私って本当に いい加減で、友だちになる価値もない、 何にもできない人なんだ!と、 ハッキリ見えた。 客観的に見た自分、 薄々気が付いていたけど見ないように していた自分を見てしまった。 友だちだと思っていた自分の 浅さ、観察力のなさ。 おお… 凄いカッコ悪い! なんという無様な姿! こういう時の心理って、 軽い事故に遭った くらいの衝撃が来るんですね。 心はそれくらい ショックを受けてるのに、 身体はまったく怪我もないという ズレ。 普通に話したり笑ったり、 しようと思えばできる不思議。 でも身体にも、やはり影響はあり、 下腹がキュッてして、 動悸がずっと早くなり、 変な時刻に起きたり寝たり、 長く下痢になり、 肌には全身湿疹が出て… うん、体と心は繋がってるなとわかる。 心の中では必死でバランスを取ろうと、 自分のことを責めたり、 逆に可哀想と思ったり、 ズバッと言った人が悪いんだと 思ってみたり、 もう忘れて違うことを考えようとか、 まあ本当に 色々頑張るものなんですね。 イソップ童話の 「酸っぱいぶどう」みたいな。 あれ本当によくできた話だよな、と、 その心理の流れを、どこかで 客観的に眺めてる自分を感じました。 このカッコ悪い、 なんにもまともにできない 気遣いのない人間。 これが私なんです。 これを知るために ここまでの流れが あったのかもしれない。 こういう時、 手負いの獣のように、 何が良くて何がダメか 本能的にわかる。 やはり寝不足はダメで、 楽しいこと、好きなことも 少なからず自分を救ってくれる。 ご飯も抜いてはいけなくて、 お腹は空かないように感じるけど ちゃんと食べるべき。 友だちとのなんでもない会話は神。 今でも自分のそういういい加減で きちんとしてないところ 真心がないところ 嫌だと思う。 もっと自然にちゃんとなんでもできる、 他の人になりたいと思う。 嫌だけど、嫌いにはなれない。 嫌いって言ったところで 逃げることはできない。 このポンコツを 立て直して立て直して、 修理しながらやっていくのが 私の人生というものなんだ。 こんなポンコツでも 子どもや旦那さんや 心優しい友達に助けられて やっていっていいんだ。 どんなに失敗して、 人に迷惑をかけて、 幻滅させて、 怒らせて、 それでも 美味しいものを食べたり 面白いことに笑ったり 成長したいと思ったり していいんだ。 たった一回、 しかも悪意でなく言われた 言葉だけでも こんなになってしまうのかと、 改めて言葉の強さ、怖さを思った。 悪意で何かを言われ続けるような、 いじめに遭った人の気持ちは どんなに辛いだろうとも 考えた。 いいと思えない自分を愛してあげて、 大切に受け入れていく作業が、 どんなに地道な努力と他の助けと 時間と創意工夫が必要なことなのか。 苦しんだ分だけ、 学ぶことができる。 今の私を支えるのはそのあたりの地点。 足掻いた分だけ懐を深くしたいです。 今日は山羊座の新月。 そして部分日食もありました。 肉眼で見るとこんな太陽が フィルターを通すと 三日月みたいに! 友だちのルーシーダットン& ヨガニドラーのレッスンにも 参加できて、 そのパワーに後押しもされて、 やっとまとめることができました。 新月の願い事は叶う という考え方があります。 日食も新しいものが始まる、という 強いエネルギーの時だとか。 色々なものを手放して、また 手に入れて、 新しい理想の場所に行けたらいいな と思います。 ここまで読んでくださった あなたにも、私は支えられています。 本当にありがとうございます。

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