ぎっちょ 由来。 左利きの「ぎっちょ」の語源は?

左利き

ぎっちょ 由来

「左義長」という風習を知ってるかな?地方によっては「どんど焼き」と呼ばれることもあるみたいだけど、1月15日前後に行われる火祭りのことなんだ。 左義長は平安時代から行われている、古い行事なんだって。 左義長では、竹などを組んだものに火をつけ、書き初めを燃やしたりお餅を焼いたりするよね。 この竹などの骨組みを「毬打 ぎっちょう 」と呼んでいて、これを3つ組むことから「三ぎっちょう」、これがなまって「さぎちょう」と呼ばれるようになったんだって。 「左義長」という漢字は江戸時代に当てられたもので、「左に仏教の書 義 、右に儒教の書を置いて、どちらの宗教が優れているか火をつけたところ、仏教の書が焼けずに残ったことから、仏教 左 の方が優れている」という逸話から当てられた字と言われているんだ。 世の中には人間が作り出した無数の言葉やモノがあります。 そして多くの場合、その数だけ由来というものがあるものです。 当サイトではみんなが気になる、おもしろい由来を518点、厳選して、楽しく覚えられるようにできるだけわかりやすく、まとめあげました。 自分で言うのも恥ずかしいですが、思わず「そうなんだ」「へえ、勉強になったなあ」「面白い!」と思ってしまう由来ばかりなので無数にあるサイトの中で、少しだけ当サイトに寄り道しても決して無駄にはならないと思います。 また中学生くらいの人でも理解できるような文章で解説しているので、すんなり頭に入ってくると思いますよ。 みんなに自慢できる由来ネタを、当サイトで1個か2個は見つけて下さいね。

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左義長の由来〜左義長の由来を面白解説

ぎっちょ 由来

今回は「(左)ぎっちょ」の意味と語源について調べていきます。 一部によると「(左)ぎっちょ」は左利きを意味する差別用語とされていますが、昔はどうだったのでしょうか。 ついでに、酒飲みが「左利き」といわれる理由についても探ります。 意味 左利き。 (『日本語源大辞典』) 「(左)ぎっちょ」は「ひだりぎっちょう」の約。 (『新明解語源辞典』、『語源海』) 語源 「左器用(ひだりきよう)」説 「左器用(ひだりきよう)」の転。 (『日本語源大辞典』引く所の『大言海』、『音幻論(幸田露伴)』、『国語拾遺語源考(久門正雄)』) 『大言海』は、「不器用」が「ぶきっちょう」に転じたと同じように、「左器用」が「ひだりぎっちょう」に転じたとする。 日常的に口にしているうちに変化しそのまま書き言葉として通用するようになり、さらに文字化された。 1603~04年に長崎で発行された日本語-ポルトガル語辞書の『日葡辞書』に「ひだりぎっちょう」の項目があり、「卑語」と注記してある。 (以上『新明解語源辞典』) 「左几帳(ひだりきちょう)」説 「左几帳(ひだりきちょう)」の転。 (『日本語源大辞典』引く所の『語簏(ごろく)』、『俚言集覧(太田全斎)』) 「毬杖(ぎっちょう)」説 「毬杖(ぎっちょう)」とは、木製の鞠(まり)を槌形(つちがた)の杖で打ち合う遊戯。 また、その杖。 新年を祝う行事として子供によって行われる。 (『例解古語辞典[第3版](三省堂)』、『広辞苑 第5版(岩波書店)』) 左利きの人が「毬杖」を左手に持ったことによる。 (『ウィキペディア』) 酒飲みはなぜ「左利き」か 酒飲みが「左利き」と呼ばれるのは、ノミ(鑿)をあつかう左利きの職人、ことに金鉱を掘る人が、利き手である左手を「ノミ(鑿)手」といったのを「飲手」にかけたもの。 『日本語源大辞典』引く所の、『話の大事典(日置昌一)』、『すらんぐ(暉峻康隆)』引く所の『屠竜工随筆(小栗百万(旨原))』 まとめ 「(左)ぎっちょ」の例文が最も多く載っていたのは『語源海』、次いで『新明解語源辞典』でした。 はっきりとした語源はわからないものの、上の説明を見るかぎりでは「左器用」説が最も合理的ではないでしょうか。 ななぞうは不勉強なため、「左几帳」説はよく理解できませんでした。 昔、左利きの人は几帳を自分の左側に置いたのかもしれません(的外れの可能性大)。 「毬杖」説からは若干取って付けたような印象を受けます。 左手で刀を持っていたら「左刀(ひだりがたな)」になったでしょうか。 ただ一つ確かなことは、「(左)ぎっちょ」は1600年頃にはすでに卑語として使われていたということです。 しかし、もしも「左器用」説が正しいとすれば、本来の「(左)ぎっちょ」にはおそらく差別的な意味は含まれていなかったと思います。 言葉から受ける印象は時代と共に変わっていくのかもしれません。 今回は以下の本を参考にしました。

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どんと祭

ぎっちょ 由来

内容 [ ] の夜またはの朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を3、4本組んで立て、そこにその年飾ったや、で書いた物を持ち寄って焼く。 その火で焼いた(三色、の枝に刺した等地域によって違いがある)を食べる。 また、注連飾りなどの灰を持ち帰り自宅の周囲にまくと、その年の病を除くと言われている。 また、書き初めを焼いた時に炎が高く上がると、字が上達すると言われている。 の祭りとされる地域が多い。 的な見地からは、門松や注連飾りによって出迎えたを、それらを焼くことによって炎と共に見送る意味があるとされる。 にも火を燃やす習俗があるが、こちらは先祖の霊を迎えたり、そののち送り出す民間習俗が仏教と混合したものと考えられている。 とんど(歳徳)、 とんど焼き、 どんど、 どんど焼き、 どんどん焼き、 どんと焼き、 さいと焼き、 おんべ焼き等とも言われるが、を祭る慣わしが主体であった地域ではそう呼ばれ、出雲方面の風習が発祥であろうと考えられている。 とんどをと当てて記述する文献もある。 これは燃やす際に青竹が爆ぜることからつけられた当て字であろう。 子供の祭りとされ、注連飾りなどの回収や組み立てなどを子供が行う。 またそれは、小学校などでの(町内会に相当)の行事として、地区ごとに開催される。 地方によって焼かれるものの違いがある。 を焼くかどうか• を祭りで焼く事により、それを天にかえす• 目がつぶれるとされ、祭りでは一切焼かない• だるまそのものが登場しない では 鬼火焚き(おにびたき)、 鬼火、 おねび、 ほっけんぎょう、 ほうけんぎょう、 ほんげんぎょう等と呼ばれ、7日正月にあたるの夜またはの朝に行う。 (みかん)は代々続くようにと子孫繁栄を願った物を、燃やし易くする為に踏み潰す事が縁起上良くないとされる。 実施する地域の分布図や形態については、に展示がある。 また、実施しない地域でも、ある特定の日にお札を焼く行事を執り行う地域がある(など)。 近年ではや問題で取りやめているところもある。 起源 [ ] 『弁内侍日記』3年()、『』に見られることから、鎌倉時代にはおこなわれていたらしい。 起源は諸説あるが、有力なものは平安時代の宮中行事に求めるもの。 当時の貴族の正月遊びに「(ぎっちょう)」という杖で毬をホッケーのように打ち合うもの(「打毬」)があった。 ()に宮中のの東庭になどから進献された葉竹を束ねたものをたてた。 その上に扇子、短冊、天皇の吉書などを結び付けた。 これを陰陽師に謡い囃して焼かせ、天覧に供された。 『』によれば、まず、を着た陰陽師大黒が庭の中央に立って囃をし、ついで上下を着た大黒2人が笹の枝に白紙を切り下げたのを持ち、立ち向かって囃をし、ついでの面をかぶった童子1人が金銀で左巻に画いた短い棒を持って舞い、ついで面をかぶり赤い頭をかぶった童子2人がを持って舞い、ついで金の立烏帽子にを着て小さいを前に懸け、打ち鳴らしながら舞い、また半上下を着たものが笛、小鼓で打ち囃す。 毬杖(ぎっちょう)3本を結ぶことから「三毬杖(さぎちょう)」と呼ばれた。 これが民間に伝わり、現在の形になったとされる。 世界的には、でに次いで旧暦1月15日に祝う「」にも関係しているという人たちもいる。 元宵節は現在でも、夜に提灯や様々な灯を用いて盛んに祝われている。 日付 [ ] 国民の祝日のがから1月の第2月曜日に変更されたことに伴い、地域によっては左義長を1月の第2または第2に実施するところもある。 の(さぎっちょ)は毎年2月の最終土日に行われており、300年以上前から続いている。 色とりどりの長襦袢を着て、「左義長太鼓」と呼ばれる太鼓を叩く。 いわゆる「浮き太鼓」が特徴。 勝山左義長のは、「勝山左義長ばやし」と呼ばれる。 今尾の左義長は平成29年からは毎年2月の第2日曜日に行われる。 各地の祭り [ ] 文化財指定 [ ] の左義長は国指定ので、セエノカミサン(道祖神)の火祭りとして、毎年に大磯北浜海岸で行われている。 松の内(1月7日)が過ぎると子どもたちは正月のお飾りを集めて歩き回り、青年たちはセエトの材料となる松や竹を調達する。 次いで、町内各所に大竹やおんべ竹を立て、町内境に道切りのシメを張るほか、セエノカミサンのお仮屋を作り子どもたちが籠る。 祭り当日、町内各所のおんべ竹やお仮屋などが片付けられ、集められたお飾りや縁起物は浜辺に運ばれ、9つの大きな円錐型のサイトが作られる。 日が暮れるとセエノカミサンの宮元や宮世話人が、その年の恵方に火をつける。 この火で団子を焼いて食べると風邪をひかない、燃やした書き初めが高く舞い上がると腕が上がる、松の燃えさしを持ち帰って屋根に載せておくと火災除けのまじないになる、などともいわれている。 上野邑町地区で毎年1月15日または、15日に近い日曜日に行われる 「」という左義長(火祭り)行事で、子供達が塞の神と呼ばれる男女一対の白木でできた木偶(でく)人形(デクノボー)を持ち「塞の神じゃ、大神じゃ、じいじもばあばも、ほこほこじゃ、来年むけや、十三じゃ…」と唄いながら地区内の家庭を回り、や、米、豆などを集め、火祭り会場では竹と藁で中を部屋状にして角錐に積み、集めてきたや、米、豆などを藁と共に中と周りに積み、最後に木偶人形(デクノボー)を中に安置し火を着ける。 子供達が「塞の神じゃ、大神じゃ、…」と何度も繰り返し唄う中、木偶人形を完全に焼き尽くし灰になると終了となる。 (平成22年)3月には、 「邑町のサイノカミ」として国の重要無形民俗文化財に指定された。 大浦地区に伝承される「」は、左義長(どんど焼き)と同趣旨のの行事で、(平成17年)2月21日に国の重要無形民俗文化財に指定された。 の左義長まつりは・に近い土・日曜日に、担ぎ手の男性が信長の故事によって化粧し、「チョウヤレ、マッセマッセ」のかけ声高く実施される。 この左義長は据え置く左義長ではなく、三角錐の松明に、ダシと言われるその年の干支にちなんだ飾り物(五穀や海産物等すべて自然物で飾り付ける)を付け、松明の頭に「十二月」と言われる赤い短冊をつけた5 - 6メートルの竹を差して練り歩く祭礼である。 地区毎に左義長を持ち、町中で左義長同士が出会うと、ぶつけ合う喧嘩が始まる。 最終日の夜には担ぎ棒を除いて全て燃やしてしまう。 国選択に選択されている。 の今尾(秋葉)神社で2月の第二日曜日に行われる「今尾の左義長祭」も大規模であり、岐阜県重要無形民俗文化財に指定されている。 多くの「どんど焼き」や「左義長」の火祭りは小正月(1月14日・15日)を中心に年神を送る火祭りとして、正月飾り等を一定の地に積み、それを焚きあげる方式をとっているが、今尾の左義長は13の町内ごとに作成した青竹の作り物(竹お神輿または左義長という)を化粧をした若衆が各町内より秋葉神社まで担いだり、引いたり(吊り込み)して奉納し、その竹神輿を焚きあげるという特色のある神事で全国唯一の方式で行っている。 左義長の大きさは、大人用みこしで直径2メートル、高さ5メートル、重さ1. 5トンぐらいあると云われている。 昭和55年(1980年)に岐阜県の「重要無形民俗文化財」に指定された。 その他の主な祭り [ ] 東京都台東区鳥越にあるの「とんど焼」 およびその近辺。 約10万人が訪れる松焚祭(指定無形民俗文化財)を起源とする。 夜に正月飾りを焼き、その火にあたると病気をせず健康で暮らせるといわれる。 周辺ではにより1970年代に前倒しが定着し、に行われる。 を新たに買い換えて、古いそれをどんと祭で燃やす習慣があるが、松川だるまの流通量が減少したのでだるまを燃やす習慣を持たない参拝者も多い。 神火で餅を焼くということはなく、子供の祭りともされない。 また、特に書初めを焼くということもない。 寺社のみならず町内会などでも実施されてきたが、場所の確保等の問題で年々少なくなりつつはある。 大崎八幡宮を初め、一部のどんと祭では「裸参り」が行われる。 さいの神・才の神焼き・歳の神 、新潟県新潟市、東京都多摩地区、神奈川県川崎市ほか。 会津地方では「歳の神」と呼ばれる。 福島県会津地方では1月15日に行われる。 で行われる伝統行事は、 「三島のサイノカミ」として国の重要無形民俗文化財に指定されている。 松之山町。 焼きを行った後の行事の名前から。 稀な例。 焼く対象を「賽の神」と呼ぶ。 おんづろこんづろ 富山県下立(おりたて)の下立神社で行われる。 燃え上がる炎が鶴の飛び立つ姿に見え、それが「おおづる、こづる」に、それが訛って「おんづろこんづろ」になった。 三九郎(さんくろう)。 同地方で道祖神の祭りを統括する神主「福間三九郎太夫」の名前にちなむといわれるが、他にも諸説ある。 は一番目立つ頂上付近に飾り付ける。 旧来は1月15日に行われていたが、最近はの休みに合わせ、ごろ行われるところが多い。 の粉で作った「」をの枝に刺して焼いたものを食べ、無病息災のをする。 かんがり、かんがりや 長野県、。 「神のお仮屋(かりや)」に由来か? 隣接する南佐久郡小海町、南相木村および北相木村には、これと名称が類似する「かあがり」行事がある。 墨付けとんど(墨付け神事) 片江地区。 1月7日 (平成22年)以降は1月第2日曜日 に行われる。 神輿を持ち「チョーヤサー」と言いながら練り歩き、最後は神輿を持って海へ入る。 その前の年に結婚した人やテレビのアナウンサーも海に入る。 そして参加者や見物人の顔に墨を塗る。 稀な例。 その他の呼ばれ方 [ ] (五十音順)• あわんとり(南部・南部)• お焚き上げ(で行事としてする場合)• 鬼火、鬼火焚き(九州)• おねっこ(宮崎県、鹿児島県)• おねび、おねび焼き(九州の一部)• おねぶ焚き(九州の一部)• おんべ焼き(単におんべとも)• 御柴灯(おさいとう)• かあがり(長野県南佐久郡、南佐久郡、)• かんじょ(岩船)• さいと焼き(神奈川県鴨居八幡)• さぎっちょ(富山県、、、岐阜県、、福岡県八女市、京都府京都市左京区)• しんめいさん()• 道祖神祭り• とうどうさん()• とんど(、、)• とんど焼き(とその周辺、)• とんど正月()• どんと• どんどや(九州)• どんど焼き(の一部地方、愛知県の一部地方、、)• とんどさん(、)• どんどん焼き(の一部地方)• ほうげんぎょう、ほっけんぎょう、ほんげんぎょう(九州北部)• やははいろ() 左義長の歌 [ ] 富山県で、童謡の「かごめかごめ」と類似した旋律で拍子木で調子をとり歌う。 脚注 [ ]• 388 - 393「正月と盆」• 2020年3月25日閲覧。 「」、鹿児島祭りの森( 薩摩半島民俗文化博物館 )、2018年8月24日閲覧 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• - 地域文化資産ポータル(財団法人)•

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