枕草子内容。 『春はあけぼの~』枕草子の内容とは?作者【清少納言】の本名や後世に残した作品

枕草子

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枕草子 6段 [古文・原文] 中間なるをりに、『大進、まづもの聞えむ、とあり』と言ふを聞こし召して、『また、なでふこと言ひて笑はれむとならん』と仰せらるるも、またをかし。 『行きて聞け』と、のたまはすれば、わざと出でたれば、『一夜の門のこと、中納言に語り侍りしかば、いみじう感じ申されて、「いかでさるべからむをりに、心のどかに対面して申しうけたまはらむ」となむ、申されつる』とて、また異事(ことこと)もなし。 一夜のことや言はむと、心ときめきしつれど、『今静かに、御局(おつぼね)にさぶらはむ』とて去ぬれば、帰り参りたるに、『さて、何事ぞ』と、のたまはすれば、申しつる事を、さなむと啓すれば、『わざと消息し、呼び出づべきことにはあらぬや。 おのづから端つ方、局などにゐたらむ時も言へかし』とて笑へば、『おのが心地に賢しと思ふ人のほめたる、嬉しとや思ふと、告げ聞かするならむ』とのたまはする御気色(おんけしき)も、いとめでたし。 [現代語訳] 用事をしている時に、『大進が、どうしても清少納言様に申し上げたいことがあるとおっしゃっていらっしゃっています』と言う取次役の女房の声をお聞きになって、中宮が『また、どのようなことをおっしゃって清少納言に笑われようというのだろうか』とおっしゃるのも、またおかしい。 『行って用件を聞いてきなさい』とおっしゃるので、わざわざ用事を中断して行くと、『あの一夜の門のお話ですがあの話を兄の中納言に語ったところ、とても感心してしまって、「どうにかして然るべき機会を設けて、穏やかな気持ちで清少納言様と対面してお話をしたり聞いたりしたいものだ」と兄が申していました』という用件で、それ以外の用件があるわけでもない。 あの時の深夜の夜這いめいた訪問のことも言うのだろうかと、気持ちがときめいたりもしていたのだが、『今は静かに帰ります。 またゆっくりとお部屋のほうに伺わせて貰います』と言って去ったので、中宮の御前に帰った。 『どんな話だったの』と聞いてこられたので、生昌の申し上げた内容をお伝えすると、女房たちは『わざわざ正式な申し入れをして、清少納言様を呼び出すほどの用件ではないじゃないですか。 御前にいない時とかお部屋にいる時とかを見計らって言えばいいのに』と笑ったが、中宮は『自分が普段から賢いと思っている兄が清少納言のことを褒めたので、これは清少納言も嬉しがるに違いないと思って、わざわざそのことを告げにやってきたのでしょう』とおっしゃる。 その中宮のご様子は、生昌への優しい配慮も伺われてとても素晴らしいものであった。 [古文・原文] 上に侍ふ御猫は、かうぶり得て命婦(みょうぶ)のおとどとて、いみじうをかしければ、寵(かしづ)かせ給ふが、端に出でて臥したるに、乳母の馬の命婦、『あな、まさなや、入り給へ』と呼ぶに、日のさし入りたるに、眠りてゐたるを、おどすとて、『翁丸(おきなまろ)、いづら。 命婦のおとど食へ』と言ふに、まことかとて、しれものは走りかかりたれば、おびえ惑ひて、御簾の内に入りぬ。 朝餉(あさがれひ)の御間に上おはしますに、御覧じていみじう驚かせ給ふ。 猫を御懐に入れさせ給ひて、男ども召せば、蔵人忠隆(くろうど・ただたか)、なりなか、参りたれば、『この翁丸、打ち調じて、犬島へつかはせ、只今』と仰せらるれば、集まり狩り騒ぐ。 馬の命婦をもさいなみて、『乳母かへてむ、いとうしろめたし』と仰せらるれば、御前にも出でず。 犬は狩り出でて、瀧口(たきぐち)などして、追ひつかはしつ。 [現代語訳] 帝が寵愛している猫は、五位の位階を与えられて『命婦のおもと』と呼ばれていた。 とても可愛らしいので、帝もいつも撫でて可愛がっておられるが、その猫が部屋の端のほうで寝ているので、お世話係の馬の命婦が、『あぁ、ダメですよ。 部屋に入りなさい』と呼んでいる。 日が差している暖かい場所で眠っている猫を、少しおどかしてやろうという気持ちで、『翁丸(犬の名前)、どこにいるの。 行儀の悪い命婦のおもとに食いついてやりなさい』と言ったのだが、本気で噛めと言われていると勘違いした馬鹿者が走りかかっていったので、命婦のおもとは恐れて御簾の中に入ってしまった。 御朝食の間に帝がいらっしゃった時で、この様子を見て非常に驚きになられた。 猫をお懐にお入れになって、蔵人(警護の役人)をお呼び出しになられた。 蔵人の忠隆となりなかが帝の御前に参上すると、『この翁丸の犬を、打ち据えて罰し、犬島に流刑にしてしまえ、今すぐにそうせよ』とおっしゃるので、みんなが集まって翁丸を捕まえるために騒がしくなった。 帝は馬の命婦も強く叱責して、『猫の世話係の乳母を変えよう。 このままだと安心できない』とおっしゃるので、恐れた馬の命婦は御前に顔も出すことができない。 犬はみんなで狩りをして捕まえたが、瀧口の武士などによって追い立てられた。 『可哀想に、翁丸はあんなに威張ってこの辺をのし歩いていたのに。 三月三日の時には、頭の弁が柳で頭を飾らせ、桃の花を首に掛けて、桜を腰に差したりもして練り歩いていたが、こんな酷い目に遭うなんて思ってもいなかっただろう』などと、清少納言は犬を哀れんでいた。 参考文献 石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫) プライバシーポリシー 当サイトに掲載されている広告について 当サイトでは、第三者配信の広告サービス(Googleアドセンス、A8. net、Amazonアソシエイト、バリューコマース、iTunes アフィリエイトプログラム)を利用しています。 このような広告配信事業者は、ユーザーの興味に応じた商品やサービスの広告を表示するため、当サイトや他サイトへのアクセスに関する情報 『Cookie』 氏名、住所、メール アドレス、電話番号は含まれません を使用することがあります。 google. 当サイトが使用しているアクセス解析ツールについて 当サイトでは、Googleによるアクセス解析ツール「Googleアナリティクス」を利用しています。 このGoogleアナリティクスはトラフィックデータの収集のためにCookieを使用しています。 このトラフィックデータは匿名で収集されており、個人を特定するものではありません。 この機能はCookieを無効にすることで収集を拒否することが出来ますので、お使いのブラウザの設定をご確認ください。 google. google. 当サイトへのコメントについて 当サイトでは、スパム・荒らしへの対応として、コメントの際に使用されたIPアドレスを記録しています。 これはブログの標準機能としてサポートされている機能で、スパム・荒らしへの対応以外にこのIPアドレスを使用することはありません。 また、メールアドレスとURLの入力に関しては、任意となっております。 全てのコメントは管理人が事前にその内容を確認し、承認した上での掲載となりますことをあらかじめご了承下さい。 加えて、次の各号に掲げる内容を含むコメントは管理人の裁量によって承認せず、削除する事があります。 特定の自然人または法人を誹謗し、中傷するもの。 極度にわいせつな内容を含むもの。 禁制品の取引に関するものや、他者を害する行為の依頼など、法律によって禁止されている物品、行為の依頼や斡旋などに関するもの。 その他、公序良俗に反し、または管理人によって承認すべきでないと認められるもの。 免責事項 当サイトで掲載している画像の著作権・肖像権等は各権利所有者に帰属致します。 権利を侵害する目的ではございません。 記事の内容や掲載画像等に問題がございましたら、各権利所有者様本人が直接メールでご連絡下さい。 確認後、対応させて頂きます。 当サイトからリンクやバナーなどによって他のサイトに移動された場合、移動先サイトで提供される情報、サービス等について一切の責任を負いません。 当サイトのコンテンツ・情報につきまして、可能な限り正確な情報を掲載するよう努めておりますが、誤情報が入り込んだり、情報が古くなっていることもございます。 当サイトに掲載された内容によって生じた損害等の一切の責任を負いかねますのでご了承ください。 著作権 著作権に関しては全て運営者に属します mihiyasuzuki1948 gmail. com.

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「枕草子」を元大学教員が解説!作者は清少納言、平安時代のSNS?フォロワー獲得の手法とは?5分でわかる日本初のエッセイ

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資料紹介 この講義中で取り上げられた章段の中で私が特に清少納言の人柄を感じることができて興味を持つことができた段を中心に述べていきたい。 まず、二九八段「僧都の君の御乳母のままなど」について述べたい。 この段は下男が西京の火事(左馬寮から出火)で家が全焼し、家財道具も持ち出す暇もなく逃げてきたので生活に困窮し、日々他人の家に宿借り状態で助けを求めてきたという話から始まる。 話の内容としては、清少納言が「どうしたのか」と対応し、事情をききだす。 下男の泣き言を聞いてその場にいた周りの人が笑い出し、清少納言が「なぜ草を燃やすだけの火事だったのに、よどのは残らなかったのでしょうね」という歌を詠み、「おあげなさい」と投げてやる。 それを読んだ女房たちは大声で笑い、「ここにいらっしゃる人が、家が焼けたことをかわいそうに思ってくださるのだよ」といって手渡す。 「何がいただける書付なのでしょう」と下男は尋ねるが、女房は「読めばいいではないか」とあしらう。 しかし下男はそれを見ても、文字の読んだりする教養を身に着けていないのでよむことができない。 「人に読んでもらいなさい。 そんなすばらしいものをもらって、なぜくよくよする必要があるのか」と言い捨てて女房たちは大笑いし、お前に参上する。 参上してからもそのことを話題にして笑い騒ぎ、中宮も「突拍子もないひとたちだ」とお笑いになった、ということである 資料の原本内容 この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 枕草子 講義で取り上げられた章段からの考察 この講義中で取り上げられた章段の中で私が特に清少納言の人柄を感じることができて興味を持つことができた段を中心に述べていきたい。 まず、二九八段「僧都の君の御乳母のままなど」について述べたい。 この段は下男が西京の火事(左馬寮から出火)で家が全焼し、家財道具も持ち出す暇もなく逃げてきたので生活に困窮し、日々他人の家に宿借り状態で助けを求めてきたという話から始まる。 話の内容としては、清少納言が「どうしたのか」と対応し、事情をききだす。 下男の泣き言を聞いてその場にいた周りの人が笑い出し、清少納言が「なぜ草を燃やすだけの火事だったのに、よどのは残らなかったのでしょうね」という歌を詠み、「おあげなさい」と投げてやる。 それを読んだ女房たちは大声で笑い、「ここにいらっしゃる人が、家が焼けたことをかわいそうに思ってくださるのだよ」といって手渡す。 「何がいただける書付なのでしょう」と下男は尋ねるが、女房は「読めばいいではないか」とあしらう。 しかし下男はそれを見ても、文字の読んだりする教養を身に着けていないのでよむことができない。 「人に読んでもらいなさい。 そんな..

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清少納言の作品【枕草子】とはどんなモノなの?わかりやすくカンタンに!

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『枕草子』の内容を中学生向けに解説! まずは 『枕草子』の内容を、中学生の方向けに解説します。 『枕草子』は 平安時代の中ごろに書かれた随筆集です。 「随筆」は今でいうところのエッセイ。 身の回りで起きた出来事や、見聞きしたニュースなどについて自分の感想を書いたものです。 作者の清少納言は一条天皇の妃・ 藤原定子(ふじわらのていし)に仕えていて、華やかな宮中での生活での体験や出会った人々についての感想を『枕草子』に綴っており、段数(話のネタの数)は約300に及びます。 内容から考えると、995年ごろには一部ができあがり、1001年ごろまでには完成していたと思われます。 書き出しの「 春は曙(あけぼの)。 やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くなびきたる(春は夜がちょっとずつ明けていくころがいい。 山と空の境目がしだいに白くなっていき、少し明るくなったところに、紫がかった雲が細くなびいているのがいい感じ)」というフレーズはとても有名です。 古文や歴史の授業でもよく出て来るので、既に習ったかもしれませんね。 スポンサードリンク 中学生でも分かる!『枕草子』の特徴とは? それではこの『枕草子』とは、一体 どのような特徴がある作品なのでしょうか。 枕草子を語る上で絶対に外せない言葉に「 をかし」「 いとをかし」という言葉があります。 「をかし」とは古文では「趣がある、滑稽だ、魅力的だ」など、さまざまな意味がありますが、感情のままに「イイね! おもしろいね!」ではなく、 客観的・理知的に「これはこういう理由で、こういう点がおもしろいね」と評価するニュアンスが含まれています。 平安時代では「趣がある、風情がある」という意味で使われることが一般的です。 清少納言が「をかし」をたくさん使ったという事は、彼女がものごとを客観的にとらえて文章を書こうとした証拠だとも言われています。 『枕草子』で「をかし」が使われている文章を挙げておきます。 「 ただ一つ二つ など、ほのかにうち光りて行くも、をかし」 こちらを現代語訳したものがこちら。 「 (蛍が)ほんの一匹二匹など、 ぼんやり光って飛んで行くのもいいものですね」 また、 『枕草子』に書かれている内容は大きく3つにわけることができます。 ・自然や人物について、清少納言の感性で鋭くツッコミを入れたもの。 ・藤原定子との宮中生活の思い出を回想したもの。 基本的に定子を誉めている。 ・季節ごとの自然や人間関係について、自由に思いを巡らせて書き留めたもの。 今で言えば、有名な作家さんがブログを書いてるようなものかもしれません。 スポンサードリンク 『枕草子』の作者、清少納言ってどんな人? 『枕草子』の内容から、「頭がよくて理知的な女性」といった清少納言のイメージが浮かび上がってくる方もいるかもしれません。 実際はどんな人だったのでしょうか? 清少納言の簡単なプロフィールを見てみましょう。 この清少納言という女性ですが、実は本名も、生まれた年も亡くなった年もよくわかっていません。 父は清原元輔(きよはらのもとすけ)という有名な歌人で、村上天皇に仕えた人です。 清原家は代々和歌の名門として知られていました。 その後、橘則光(たちばなののりみつ)という貴族と結婚しましたが離縁し、993年ごろから藤原定子に仕えるようになります。 歌人の家系に生まれただけあって 和歌はもちろん、漢文にも詳しかった彼女。 定子から信頼されただけでなく、藤原公任(ふじわらのきんとう、和歌で有名)や藤原行成(ふじわらのゆきなり、書道で有名)といった一流の文化人たちとも交流しました。 この時代の交流というと、歌や手紙の贈りあいですね。 定子には約10年仕えましたが、1000年に 定子が出産時に亡くなると宮中を去っています。 その後、20歳ほど年上の藤原棟世(ふじわらのむねよ)と再婚し、棟世が赴任していた摂津国 現在の大阪府・兵庫県にまたがる地域 に身を寄せていたようです。 晩年は出家して孤独な生活を送ったといわれています。 スポンサードリンク この記事のまとめ このページでは 枕草子の内容やその特徴、そして作者の清少納言がどんな人だったのかを、中学生の方向けに解説しました。 『枕草子』は現代風にいえばエッセイ集です。 清少納言は頭がよくて切り口鋭いエッセイストといったところでしょうか。 「これはステキ!」「これはイケてない」ということがたくさん書かれているため、「エッセイというより、むしろブログだ」という声もあります。 そう思うと、一気に身近なものに感じられますね。 なお、以下の記事では『枕草子』とよく比較される 『源氏物語』について解説しているので、興味があれば一度ご覧になってみて下さいね。

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