とおりゃんせ 歌詞 意味。 通りゃんせの歌・・・帰りの何が怖い?

わらべうた「通りゃんせ」の遊び方と歌詞の意味

とおりゃんせ 歌詞 意味

この記事を読むのに必要な時間は約 11 分です。 こんにちは。 昔から伝わるわらべ歌は、意味が分かりにくくて不穏な感じのものが多いですね。 「通りゃんせ」もその1つです。 「行きはよいよい帰りは怖い」が、不気味すぎます。 「なんで? なんで? なんで帰りは怖いの~?」ってなります。 私はおばあちゃんっ子だったので、昔話や伝承をよくおばあちゃんから聞いて育ちました。 おばあちゃんがわらべ歌や懐かしい昔の歌を、よく口ずさんでいたのです。 私が子供の頃は、まだ舗装されていない細いあぜ道が、裏通りにありました。 昔話やわらべ歌は、ゾワッとくる不気味なものが多いですね。 今はそういうのは結構好きなのですが、子供の頃はマジで怖かったです。 ちなみにこの「通りゃんせ」、品詞分解すると、 動詞「通る」の連用形「通り」+助動詞「やんす」の命令形「やんせ」 となります。 「やんす」なんて助動詞あるの?って思いますよね。 今回は、わらべ歌「通りゃんせ」の意味と由来についてお伝えします。 スポンサーリンク 全国各地にある伝承 このわらべ歌ができたのは江戸時代といわれます。 「うちが発祥の地だー!」と名乗りを上げている場所は、実は全国に何か所もあって、特定できないのだそうですよ。 また歌詞の解釈も何通りもあります。 ちなみに、よくわらべ歌の都市伝説で出てくる、この2つの説もささやかれます。 おばあちゃんちの近くに、あまり人の来ない小さな神社があったのです。 神社の鳥居や御神木は、夜、見ると怖いんですよ。 でも、このわらべ歌には 「天神様」という言葉が、はっきり使われていますね。 とすると、やっぱり、 七五三の7歳のお祝いに、天神参りに行った歌と考えるのが自然だと思います。 江戸時代は乳幼児死亡率が高かったので、子供は 「7歳までは神のうち」といわれていました。 7歳というのが、節目の年だったようです。 その土地の氏神様の氏子にしてもらえる(戸籍みたいなもの)のが7歳からでした。 それまでは、いつ病気などで亡くなるかわからないと思われていたんですね。 「亡くなる=神に召される(神の子)」ですよ。 七五三の天神参り 今のところ、諸説ある中で、もっとも有力といわれる発祥地がこちらです。 江戸の町で、当時から有名だった「国府津の天神さん」と呼ばれる神社がありました。 それが、この菅原神社です。 そして、そのそばに控える関所が 箱根の関所で、この歌詞はその関所を通るときのことを指しているという説です。 (「七つのお祝い」に限ったものでなく、一般的な旅人の事情とひっかけています。 そして、あくまで有力な一説です。 ) 当時の関所の審問は、信じられないぐらい厳しかったそうなのです。 親の臨終など急な場合に限り、「行き」は手形がなくても嘆願しまくったら許される場合がありました。 でも、「帰り」は、いかなる事情があっても、絶対に絶対に許されなかったそうです。 そして、「手形」なしで、こっそり通ったものは、見つかれば「極刑」でした。 それが、 「行きはよいよい 帰りはこわい」の原型になったのではないかと推測されています。 【参考: 】 三大怨霊・菅原道真 なぜ、これほど「天神さま」は、恐れられるようになったのでしょう。 今では「学問の神」と崇められている天神さんですが、古くは 「祟り神」として恐れられていました。 天神というのは天の雷、つまり 雷神なのです。 怒られたら怖いですよ~! 菅原道真は平安時代の秀才で、 宇多天皇に重用されて右大臣になった人です。 権力が宇多天皇から 醍醐天皇と藤原時平に移ると、菅原道真は、彼らに煙たがれます。 そして、偽りの罪をきせられて、大宰府に左遷されたのです。 道真はそれから2年後、失意のうちに大宰府で亡くなりました。 福岡県大宰府にも天満宮があり、その参道で「てんじんさん」ゆかりの「梅ヶ枝餅(うめがえもち)」と呼ばれる焼餅が売られています。 梅ヶ枝餅とその逸話はこちらでお伝えしています。 すると、それから京の都で、災厄や天変地異が起こり始めたのです。 特に、菅原道真を無実の罪で陥れた人々に、災厄がふりかかりました。 「祟り」といわれた事件は、たくさんあります。 925年。 藤原氏の中で、時平の弟の 藤原忠平だけは、菅原道真と仲がよく、彼に深く同情し、大宰府にも励ましの手紙を送っていました。 彼は祟られることなく、事態が収拾した後に、左大臣から摂政関白という最高の地位に就き、活躍します。 忠平は、バランス感覚のある穏やかな人柄だったようですよ。 都の貴族たちは、あまりの事態に、ビビりまくり、とうとう菅原道真を神として祀ることに決めました。 そして、942年から5年の歳月をかけて神社が建立されたのです。 それが、今の 北野天満です。 「北野天満宮」は、全国に約1万2000社もある天満宮、天神社の総本社で、菅原道真は、今では 「学問の神様」として、多くの受験生に参拝されています。 祟り神が受験の神様になったのです。 今回はこちらの書籍を参考にしました。

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「とおりゃんせ」はめちゃくちゃ恐かった‥。神隠しの唄?間引き??子殺し???

とおりゃんせ 歌詞 意味

とおりゃんせ(通りゃんせ)の本当の意味… 意味を知るとゾッとすると話題に… 時にいわくつきの怖い事実は形を変え、子どもを通して伝承していきます。 その代表格が遊び歌です。 「かごめ、かごめ」や「七つの子」などは唄に込められた 怖い言い伝えがあることは広く知られていますが 同じく古くから子供達の間で親しまれている「とおりゃんせ」にも 怖い言い伝えがあるのを皆さんはご存知ですか? 今回は「とおりゃんせ」の本当の意味を紹介します。 「とおりゃんせ」とは 皆さんはとおりゃんせを正しく歌えますか? このとおりゃんせは江戸時代に歌詞が成立したと言われています。 この曲は青信号のメロディにも使われていますよね。 元々は子供の古い遊び歌。 向かい合った2人の子供がアーチを作り、 その下を他の子供達が列を作ってくぐっていきます。 その間、とおりゃんせを最初から歌っていき、 歌の終わりにアーチが降りてその下にいた子供が捕まるという遊びです。 とおりゃんせの舞台とされるのが埼玉県川越市の三芳野神社と言われています。 菅原道真を祭る三芳野神社 とおりゃんせの歌詞の内容を見ると神社の境内へと続く細道が登場します。 天神さまとあるのは平安時代の学問の神「菅原道真」の事だろうと推測されます。 とおりゃんせの舞台の三芳野神社は昔、川越城の城郭内に移されたため、 お城の天神さまと呼ばれていたそうです。 お城の中なので一般庶民は気軽に参拝できなくなり、 時間も限られ、見張り兵士も付けられました。 特に他国の密偵が城内に紛れ込むことを防ぐため 見張りの兵士が厳しく監視したと言います。 これが「行きはよいよい 帰りはこわい」の由来となっているそうです。 「とおりゃんせ」は神隠しの唄? とおりゃんせは神隠し、 すなわち「口減らし」のことを唄ったものだという解釈もあります。 神隠しは間引きの隠語でもあるのです。 間引きとは増えすぎたものを人為的に減らすこと。 これを子供に置き換えると子を殺すことになります。 また、歌詞に出てくる「この子の七つのお祝いに」 なぜ「七つ」なのかと言うと 昔は七つまでは神のうちという7歳までの子供は神の子という考えがあり、 この世とあの世のうちでどちらかといえばあの世の方に属しているものとされてきました。 7歳までならいつでも神様にお返しすることができる、 つまり間引き=子殺しができ、それは人殺しなどではなく ただ神様に子供をお返ししただけということを意味しているとするものです。 子殺しの罪悪感を消すための唄とも言えるかもしれません。 「こわい」は「怖い」ではない? また、こんな説もあります。 とおりゃんせの歌詞に「帰りはこわい」というのがありますが これがこわい唄とされている部分です。 ところが実際は「こわい」は「怖い」ではなく 北関東より北で用いいられる方言で疲れたの意味だそうです。 そうなると「こわいながらも通りゃんせ」は 「疲れたでしょうが、さあお通りなさい」という 一気に気遣いある優しい唄に変わってしまいます。 実はとおりゃんせの意味、発祥の地は諸説あり、 本当に怖い事実があるのかどうかはっきりとわかっていません。 このとおりゃんせの歌詞、どう感じましたか? ネットでの反応 ・昔、小学生の頃、親に「17時までには帰りなよ」と言われて、 五時のサイレンを聴くと、異界の入り口が開くような恐怖を感じてました。 童歌や民謡は、子どもの躾の為にある意味「脅し」を交えていたのかもしれないですね。

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童謡「とおりゃんせ」の道はどこにあるのか?【京都秘境ハンター】

とおりゃんせ 歌詞 意味

とおりゃんせ(通りゃんせ)の本当の意味… 意味を知るとゾッとすると話題に… 時にいわくつきの怖い事実は形を変え、子どもを通して伝承していきます。 その代表格が遊び歌です。 「かごめ、かごめ」や「七つの子」などは唄に込められた 怖い言い伝えがあることは広く知られていますが 同じく古くから子供達の間で親しまれている「とおりゃんせ」にも 怖い言い伝えがあるのを皆さんはご存知ですか? 今回は「とおりゃんせ」の本当の意味を紹介します。 「とおりゃんせ」とは 皆さんはとおりゃんせを正しく歌えますか? このとおりゃんせは江戸時代に歌詞が成立したと言われています。 この曲は青信号のメロディにも使われていますよね。 元々は子供の古い遊び歌。 向かい合った2人の子供がアーチを作り、 その下を他の子供達が列を作ってくぐっていきます。 その間、とおりゃんせを最初から歌っていき、 歌の終わりにアーチが降りてその下にいた子供が捕まるという遊びです。 とおりゃんせの舞台とされるのが埼玉県川越市の三芳野神社と言われています。 菅原道真を祭る三芳野神社 とおりゃんせの歌詞の内容を見ると神社の境内へと続く細道が登場します。 天神さまとあるのは平安時代の学問の神「菅原道真」の事だろうと推測されます。 とおりゃんせの舞台の三芳野神社は昔、川越城の城郭内に移されたため、 お城の天神さまと呼ばれていたそうです。 お城の中なので一般庶民は気軽に参拝できなくなり、 時間も限られ、見張り兵士も付けられました。 特に他国の密偵が城内に紛れ込むことを防ぐため 見張りの兵士が厳しく監視したと言います。 これが「行きはよいよい 帰りはこわい」の由来となっているそうです。 「とおりゃんせ」は神隠しの唄? とおりゃんせは神隠し、 すなわち「口減らし」のことを唄ったものだという解釈もあります。 神隠しは間引きの隠語でもあるのです。 間引きとは増えすぎたものを人為的に減らすこと。 これを子供に置き換えると子を殺すことになります。 また、歌詞に出てくる「この子の七つのお祝いに」 なぜ「七つ」なのかと言うと 昔は七つまでは神のうちという7歳までの子供は神の子という考えがあり、 この世とあの世のうちでどちらかといえばあの世の方に属しているものとされてきました。 7歳までならいつでも神様にお返しすることができる、 つまり間引き=子殺しができ、それは人殺しなどではなく ただ神様に子供をお返ししただけということを意味しているとするものです。 子殺しの罪悪感を消すための唄とも言えるかもしれません。 「こわい」は「怖い」ではない? また、こんな説もあります。 とおりゃんせの歌詞に「帰りはこわい」というのがありますが これがこわい唄とされている部分です。 ところが実際は「こわい」は「怖い」ではなく 北関東より北で用いいられる方言で疲れたの意味だそうです。 そうなると「こわいながらも通りゃんせ」は 「疲れたでしょうが、さあお通りなさい」という 一気に気遣いある優しい唄に変わってしまいます。 実はとおりゃんせの意味、発祥の地は諸説あり、 本当に怖い事実があるのかどうかはっきりとわかっていません。 このとおりゃんせの歌詞、どう感じましたか? ネットでの反応 ・昔、小学生の頃、親に「17時までには帰りなよ」と言われて、 五時のサイレンを聴くと、異界の入り口が開くような恐怖を感じてました。 童歌や民謡は、子どもの躾の為にある意味「脅し」を交えていたのかもしれないですね。

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